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川俣地内の衝突地に
建てられた黒御影石
製の標識と説明板
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町教育委員会では、当町で起きた歴史的事件である「川俣事件」の風化を防ごうと、当時の事件の発生場所を「川俣事件衝突の地」として町指定史跡に指定しました。
「川俣事件」は、発生から平成12年2月13日で100周年目に当たり、これを機に、日本の公害史の原点ともいわれるこの事件を振り返り、町内外に広く知ってもらうとともに、後世に正しく伝え、今日叫ばれている環境問題にも目を向けてもらおうと指定したものです。
説明文
明和町指定史跡
川俣事件衝突の地
平成十一年十二月二十八日指定
所在地 明和町川俣五五八番地
所有者 水資源開発公団
足尾銅山の鉱毒に苦しめられた渡良瀬川流域の農民は、明治三十三年二月十三日、鉱業停止を求め東京へ向かうが、その途中、この地(橋付近)で警官隊と衝突した。これが、川俣事件である。
当時の佐貫村長や村民は、負傷した農民を真如院にて手厚く介護したということである。
平成十二年二月
明和町教育委員会 |